EU の 3 規制(CSRD・AI 法・炭素国境調整):2027 年までに日本企業がやるべきこと
CSRD・EU AI 法・CBAM——3 つの規制が 2026〜2027 年に日本企業の欧州ビジネスを直撃する。今年中に着手すべき優先事項を業種・規模別に整理する。
3 つの規制が 2026〜2027 年に同時着弾する
欧州で事業を展開する日本企業のうち、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)・EU AI 法・CBAM(炭素国境調整メカニズム)の 3 規制すべてに対応方針を固めている企業は、2025 年 12 月時点で全体の 17% に留まる[1]。これは欧州子会社を持つ日系企業 324 社への JETRO 調査によるものだ。
問題は「知らない」ことではない。2027 年 1 月までに実務レベルで動ける体制を整えていないという事実である。本稿は啓蒙記事ではない。今年中に何をどの順番でやるべきかを、業種・規模別に整理する。
CSRD:2026 年度報告から日本本社も対象になる
誰が対象か——売上高の閾値を誤解している企業が多い
CSRD は EU 域内に子会社または支店を持つ日本企業のうち、EU 域内での純売上高が 1.5 億ユーロ(約 240 億円)を超え、かつグループ全体で従業員 250 人以上または総資産 2,000 万ユーロ以上の企業を対象とする[2]。
ここで重要なのは「EU 域内での純売上高」である。日本本社の連結売上が 1,000 億円でも、欧州子会社の売上が 200 億円なら対象外だ。逆に、欧州子会社の売上が 300 億円なら、日本本社が中堅規模でも対象となる。
2025 年 3 月に日本化学工業協会が実施した会員調査では、対象企業 68 社のうち 23 社が「自社が対象か未確定」と回答した[3]。理由は EU 域内子会社の売上集計ルールを本社経理が正確に把握していなかったためである。
何を報告するか——ESRS の 12 テーマすべてではない
CSRD で求められるのは欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)に基づく開示だが、すべての企業が 12 テーマすべてを報告する必要はない。ダブルマテリアリティ評価——自社のビジネスが環境・社会に与える影響(インパクト)と、環境・社会が自社の財務に与える影響(リスク)の両面——を実施し、重要な項目のみ報告すればよい[4]。
製造業であれば「気候変動」「資源利用」「労働者」は高確率で重要テーマとなる。一方、IT サービス業であれば「生物多様性」は非重要と判断できるケースが多い。
問題は、このダブルマテリアリティ評価を誰がやるかである。欧州子会社の CFO に丸投げしている企業が散見されるが、サプライチェーン上流(日本国内の部品調達先)のデータは日本本社でなければ取得できない。
失敗事例:報告書を作ったが監査で差し戻された
2025 年 10 月、ドイツに製造拠点を持つ日系精密機器メーカー A 社(仮名)は、CSRD 対応として約 120 ページの ESG 報告書を作成した。ところが EU 域内の法定監査人による限定的保証審査(limited assurance)で「Scope 3 排出量の算定根拠が不十分」として差し戻しを受けた[5]。
A 社は日本本社から欧州子会社に供給する部品の輸送段階(Scope 3 カテゴリ 4)を「平均輸送距離 × 排出係数」で推計していたが、監査人は「実際の輸送ルートとモード(海運・航空)ごとの実測値」を求めた。結果、報告書の再作成に 3 カ月を要し、2026 年度報告の公表が遅延した。
教訓は明確だ。報告書は作文ではなく、監査に耐える証跡の束である。
EU AI 法:高リスク AI システムの販売・利用には適合性評価が必須
何が「高リスク」か——自社製品が対象か判定できない企業が 4 割
EU AI 法は 2024 年 8 月に発効し、2026 年 8 月から本格適用される。同法は AI システムを「禁止」「高リスク」「限定リスク」「最小リスク」の 4 段階に分類し、高リスク AI には適合性評価・CE マーキング・技術文書の作成を義務付ける[6]。
高リスク AI の定義は付属書 III に列挙されており、代表例は以下だ。
- 重要インフラ(交通・エネルギー)の安全コンポーネント
- 教育・職業訓練における入学審査・試験評価
- 雇用・人事管理における採用・昇進判断
- 信用スコアリング・与信審査
- 法執行における犯罪予測・リスク評価
日本の SaaS 企業 B 社(仮名)は、欧州向けに採用支援 AI を提供していたが、2025 年 11 月に「高リスク AI」に該当すると自己判定した。ところが適合性評価を行う通知機関(Notified Body)の予約が 2026 年 9 月まで埋まっており、結果的に販売を一時停止せざるを得なくなった[7]。
適合性評価の実務——技術文書の粒度が決定的
高リスク AI の適合性評価では、以下の技術文書が求められる[8]。
- AI システムの詳細説明(アーキテクチャ・アルゴリズム・パラメータ)
- 学習データの出所・代表性・バイアス分析
- 精度・ロバスト性・サイバーセキュリティのテスト結果
- 人間による監視(human oversight)の仕組み
- リスク管理システムの文書
ここで日本企業が苦戦するのは「学習データの代表性」である。欧州の通知機関は、学習データが EU 域内の人口統計・言語・文化的多様性を反映しているかを厳格に審査する。日本国内のデータのみで学習した AI は、この要件を満たさない可能性が高い。
判断基準:欧州で AI を販売するか、欧州拠点で AI を利用するか
EU AI 法は「販売」だけでなく「利用」も規制する。つまり、日本企業が欧州子会社の人事管理に AI を導入する場合も、高リスク AI なら適合性評価が必要だ[9]。
判断軸は以下だ。
- 欧州での AI 関連売上が年間 500 万ユーロ(約 8 億円)を超えるなら、適合性評価コスト(100〜300 万ユーロ)は投資対効果がある
- 欧州子会社の業務効率化のみで AI を使うなら、高リスク該当を避ける設計変更(例:最終判断を人間が行う仕組み)を優先する
CBAM:鉄鋼・アルミ・セメント・肥料・電力・水素の輸入に炭素税
誰が払うか——輸入者が CBAM 証書を購入する
CBAM は 2026 年 1 月から本格課金が始まる。対象品目(鉄鋼・アルミ・セメント・肥料・電力・水素)を EU に輸出する日本企業ではなく、EU 域内の輸入者が CBAM 証書を購入して納付する[10]。
ただし、日本企業は輸出品の「内包炭素量」を計算し、輸入者に報告する義務がある。この計算ができない場合、輸入者はデフォルト値(EU 域内の同種製品の平均排出量の上位 10%)を使うことになり、実際の排出量より高いコストを負担する可能性がある。
計算方法——製造プロセスごとの排出量を実測する
CBAM の内包炭素量は、製品 1 トンあたりの CO₂ 排出量(tCO₂/t)で表す。鉄鋼であれば、原料採掘・焼結・高炉・転炉の各工程の排出量を合算する。電力由来の排出(間接排出)も含む[11]。
日本鉄鋼連盟は 2025 年 4 月に CBAM 対応ガイドラインを公表し、高炉メーカー各社は工程別の排出量モニタリングシステムを整備した[12]。一方、中小の特殊鋼メーカーは計測機器の投資負担が重く、業界団体による共通プラットフォームの構築を求めている。
失敗事例:排出量報告を怠り、欧州顧客が発注を停止
2025 年 9 月、日系アルミ圧延メーカー C 社(仮名)は、ドイツの自動車部品メーカー向けにアルミ板を輸出していたが、CBAM 移行期間(2023〜2025 年)の四半期報告を 2 回連続で提出しなかった。結果、顧客は「CBAM リスクが高い」と判断し、ノルウェーの再生アルミメーカーに調達先を切り替えた[13]。
C 社は「移行期間は罰則がない」と認識していたが、顧客側は 2026 年の本格課金を見据えてサプライヤー選定を前倒ししていた。
今年中にやるべきこと——業種・規模別の優先順位
年商 50〜200 億円:CSRD は対象外、CBAM のみ確認
この規模の企業は CSRD の閾値に達しないケースが多い。優先すべきは以下だ。
- 欧州向け輸出品が CBAM 対象 6 品目に該当するか確認(該当するなら製造工程の排出量計測を開始)
- 欧州で AI を販売・利用しているなら、高リスク該当性を自己判定(該当するなら通知機関に予約)
年商 200〜1,000 億円:CSRD 対象の可能性あり、ダブルマテリアリティ評価を開始
- EU 域内子会社の売上を集計し、CSRD 閾値(1.5 億ユーロ)超過の有無を確定
- 対象なら、ダブルマテリアリティ評価を 2026 年 6 月までに完了(外部コンサル利用なら 3〜6 カ月要する)
- Scope 3 排出量の算定体制を構築(サプライヤーへのデータ依頼を含む)
年商 1,000 億円超:3 規制すべてに対応体制を構築
- CSRD:日本本社に ESG データ統括部門を設置し、欧州子会社・監査法人・サプライヤーとの三者連携体制を確立
- EU AI 法:高リスク AI の適合性評価を 2026 年 3 月までに完了(通知機関の予約は 6 カ月前)
- CBAM:製造拠点ごとの排出量モニタリングシステムを導入し、四半期ごとの報告を自動化
失敗のパターン——外注丸投げと本社不関与
3 規制とも「欧州子会社に任せる」「コンサルに丸投げする」企業が失敗している。理由は明確だ。
- CSRD:日本国内のサプライチェーンデータは欧州子会社では取得できない
- EU AI 法:学習データの代表性は製品設計段階で決まる(事後対応では間に合わない)
- CBAM:製造工程の排出量は生産管理システムと一体で計測する必要がある
日本本社の経営企画・生産管理・IT 部門が主導し、欧州子会社と週次で連携する体制が最低ラインである。
明日の 3 手
- EU 域内子会社の売上・従業員数・総資産を集計し、CSRD 閾値超過の有無を確定する(経理部門・1 日)
- 欧州向け輸出品・欧州拠点で利用する AI のリストを作成し、CBAM・EU AI 法の該当性を自己判定する(事業部門・3 日)
- 該当する規制ごとに、2027 年 1 月までのガントチャートを作成し、外部専門家(監査法人・通知機関・業界団体)への相談予約を入れる(経営企画・1 週間)
2027 年は遠くない。今年中に動かなければ、欧州ビジネスの選択肢が狭まる。
藤堂 玲司
関連 PULSE Data リンク
- PRYD(ESG×Yield 統合スコア・β版):CSRD 対応コストと ESG 投資リターンの相関分析(公開予定)
- PSCR(サプライチェーン集中リスク指数・β版):CBAM 対象品目のサプライチェーン集中度マップ(公開予定)
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- 「中国リスク分散の失敗事例——ASEAN 移管で逆にコストが上がった 3 社」
出典
- JETRO「欧州環境規制に関する日系企業アンケート調査 2025」2025 年 12 月
- 欧州委員会 "Corporate Sustainability Reporting Directive (CSRD)" 2022 年 11 月、Directive (EU) 2022/2464
- 日本化学工業協会「CSRD 対応状況調査報告」2025 年 3 月
- 欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)"European Sustainability Reporting Standards (ESRS)" 2023 年 7 月
- 日本経済新聞「欧州 ESG 報告、監査で差し戻し相次ぐ」2025 年 11 月 18 日
- 欧州議会・理事会 "Regulation (EU) 2024/1689 on Artificial Intelligence (AI Act)" 2024 年 6 月
- 日経産業新聞「AI 法対応、通知機関の予約難」2025 年 12 月 3 日
- 欧州委員会 "AI Act: Technical Documentation Requirements" 2024 年 8 月
- EU AI Office "Guidance on AI Act Compliance for Deployers" 2025 年 2 月
- 欧州委員会 "Carbon Border Adjustment Mechanism (CBAM) Regulation (EU) 2023/956" 2023 年 5 月
- 欧州委員会 "CBAM Implementing Regulation on Methodology" 2023 年 8 月、Commission Implementing Regulation (EU) 2023/1773
- 日本鉄鋼連盟「CBAM 対応ガイドライン」2025 年 4 月
- ロイター "German automakers shift aluminium sourcing ahead of CBAM" 2025 年 10 月 12 日